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関東大震災直後の写真から、小田原の震災被害を鑑みる

まもなく「91日」が近づいてきます。

関東大震災から93年目の暑い晩夏が来ます。

震源については現在でも意見が分かれているが、本震・余震の2度の地震が短い間隔で起こり、本震の震源地は小田原と伊豆大島を結んだ線上で起こっています。

小田原は壊滅的な被害を受けました。

 

この自身に関する私見については以前、書かせていただいています。

「小田原と地震・津波を過去から考察する」(小田原マンションスクエア・プログページ、ヤフーブログ、アメブロに掲載中)

端的に言えば、小田原で起こりうる地震被害のケースは「阪神大震災」型と思われる、というものです。

長年、神奈川で住んでいて、幸いにも大きな地震災害には遭っていません。

ただ、報道で、日本海中部地震・中越地震・阪神大震災・九州北部地震・北海道西部地震、そして東日本大震災と多くの人命を失う地震を目にしています。

多くの読者も同じでしょうが、視覚的に、ある程度は地震被害と言うのを認識している、というのが私のスタンスです。

もちろん地震学者でも研究家でもありません。

 

数回にわたり、マンションとは離れるが、小田原と地震のことを触れるべく、何冊かの書籍を目に通させていただいた。

その中に掲載されていた写真は上記のものです。

出展は、昭和4612月発行の「神奈川の写真誌 関東大震災」(金井 圓氏・石井光太郎氏編集、発行㈱有隣堂)です。

被災後の小田原の上空写真です。

震災後、何日後かは記載がないが、同じような絵柄は、東日本大震災の時に、ヘリコプターからの映像で見ているはずです。

 

第一に気づく点は、「火災による焼失エリアの広さ」です。

お昼時に襲った震災は、直後から火事が発生して、大火となった。

火の勢いはすさまじく、竜巻も発生、夜まで続いた。

これも、阪神大震災・東日本大震災で見覚えのある映像である。

写真では国道1号線から北側が黒土で覆われている。

書籍によると小田原の全町の3分の2、中心部はほぼ全焼した、というのもあります。

まさに小田原は焼け野原になったのです。

 

第二は、海上に目を移してみてください。

建物の残骸や瓦礫だけではなく、河川からの土壌の流出も見受けられません。

要は「津波被害」は発生していないのです。

前回のブログでは、津波が発生した(写真をみた)という記載をしましたが、再度調べたところ、その写真は、明治35年9月に発生した大海嘯(だいかいしょう)によるものでした

関東大震災で小田原が受けた津波被害は、根府川エリアの「山津波」。

要は土砂災害です。

 

大きな被害を受けて、まもなく100年を迎えようとする小田原。

その経験を無駄にしてはいけない。

続きは、次回のプログに記載します。

 

□東日本大震災体験者である私たちは、写真の見え方も変わってくる。

 

 

※プログの無断転用を禁止します。記載日/2018.8.26



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